デッドロック心理学。

心理学、臨床心理学についてのモゾモゾした雰囲気。

パニック発作と「自由」の功罪。

リベンジャー!急げ!

リベンジャー!走れ!

リベンジャー!巻き込め!

リベンジャー!振り切れ!

 

今日は心理学の勉強はまだしておりませんよ。

もっぱら刑法の勉強をしておりました。

これからやります、頑張ります、負けません。

 

 

自由って、なんやろう。

 

オイラは不自由の極みのような所にいたことがあるんだー。

そんな中で、色々な体験をしたんだけど、やっぱり思うのは良くも悪くも自由について。

 

オイラは酷いパニック症(パニック障害)だったんだけど、その不自由な環境の中では、殆ど完全にパニック発作が出なかったんだよね。

 

そんな状況に居た時の、一番の環境適応手段は「諦め」。

で、しっかりと諦めたら、不思議なもんで、パニック発作が出なくなったんだよね。

 

逃げ場がある状態だと、何が起こった時に、「そこに逃げ込もう」ってなると思うんだけど、ほんまに環境・状況がそれを許さないような状態の時は、人はきっと諦めるんだと思うんだ。適応のために。

 

そうなるとしめたもんで、そして不思議なもんで、ある種の精神障害は治ってしまうことがあるんだよ。

 

ここに「自由」の功罪があると思うんだ。

 

 

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何らかの精神症状で苦しんでいる人には、認知行動療法などの心理療法は大概効くと思うんだけど、「それでもやっぱりダメだわー・・・」と思ってる人には、「創造的諦念」(俺が勝手に作った言葉です)を持てば、かなり変われると思うんだ。

 

そしてそれと同時に、半ば強制的に毎日外に出て、何らかの行動をする事なんかもいい感じかもですよ。

 

創造的諦念と半強制的行動により、「自由」の本質が突きつけられて、そこから何かが生まれる気がしてならないんだけど気のせいか?(気のせいかも・・・)

 

フラッディングみたいになる危険性が勿論付きまとうので、不安階層表なんかを書き出してもいいかもしれないね。

 

何にせよ、「逃げ場がある」という「自由」な状況が、ある種の精神状態を悪化させる、または寛解を遅らせるってことはあるかもしれないね。

 

まあほんま、無理せずに行きましょう生きましょう。

 

 

また「自由」の功罪について考察してみますよ。

 

 

 

 

あのフォーチュンテラーにスペードのエースを。

 

 

 

 

 

 

では!