デッドロック心理学。

心理学、臨床心理学についてのモゾモゾした雰囲気。

見捨てられ抑うつと承認欲求。

色々と「自由」について書いてきましたが、自由、ほんまに難しいよね。

 

今の日常生活でも相当に不自由だと感じている方も多いと思うので、精神病治療のために「不自由になれ!」とか言っても、「もう十分やで!」と感じられるかと思います。

 

確かにそうなんだよね。

オイラも今までの生活はほんまに不自由だと思っていたし、それ故に、自分の時間を大切にできたのかもしれないし。

 

でも、実際は、まだまだ「余裕」があるんちゃうかなぁ・・・とか思ったりするんだよね。

 

オイラはパニック症(パニック障害)のみならず、境界性パーソナリティ障害とも診断されていたんだ。

「見捨てられ抑うつ」が相当に酷くて、大変でした。

その上、承認欲求が異常に高かったので、もう「普通」の生活では到底満足できない・・・って感じだったんだよね。

 

オイラ、〇〇小屋に行く前は、文筆などをしてたんだ。

まあそこそこ依頼もあったし、原稿を書くと、雑誌の表紙に名前が載ったりする感じにはなってたんだ。

 

でも、全然満足できなかった。

「このダメ人間!生きてる価値もなければ死ぬる価値もないわ!」

ぐらいに思っておりました。

 

「〇〇賞をとらない限りは、俺の文筆なんて全く何の意味もない!」

ぐらいに狂ってました。

 

 

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幸いなことに、今ではそんな感覚もなくなり、「普通」の生活に近付くことができてきてるように思えます。

ってか、文筆をやめたら、なんか楽になった。

 

承認欲求が強いってのは、一概に悪い事ではないと思うんだけど、行き過ぎたら害だらけで。

ほんまに自分がやりたかったことをやってるはずなのに、それがどんどん手段化していって、最終的には自分の首を絞める・・・って感じになるんだよね。

 

その上、境界性パーソナリティ障害も酷かったから、もうしっちゃかめっちゃかでさ。

たまらん状況でした。

 

見捨てられ抑うつ、これも非常に面倒でさ。

対人関係にしても、うすーーく、ひろーーい関係がどんどんできていくだけで、実質何にも満足できない感じになってしまって、その多岐にわたる人間関係を維持・処理することだけでわやくちゃになって、最終的に、これもまた自分の首を絞めるだけ・・・みたいになってたんだよね。

 

何を恐れていたんだろう。

 

オイラは、「自分しか信用できない頼れない!」って状況になって、それを何とかクリアしてきたから、今はかなり楽に生きられるようになってるんだけど、そんな極限体験を経験する方はそんなに多くはないかと思うので、どのように治療に生かしていけばいいのか、非常に悩ましい問題だったりします。

 

「自由」と「束縛」の狭間で揺れておりますよ。

 

 

「自由」については、また考えて行きますね。

 

 

 

 

刺すような言葉を投げてみろよ。

My Sweet Bad Journeyはまだまだ続くから。

 

 

 

 

 

では!