デッドロック心理学。

心理学、臨床心理学についてのモゾモゾした雰囲気。

人が殺されても誰も助けに入らない!?~「傍観者効果」と集団の本質~

傍観者効果とは、他者が緊急状態にある状況で、周囲に自分以外の第三者がいる場合は、単独で目撃した場合よりも、援助行動の生起が抑制される現象のことです。

 

これは、1960年代に、ニューヨークで発生した殺人事件である「キティ・ジェノバーズ事件」を発端として、ダーリーとラタネにより研究が行われ、明らかになった理論です。

 

ニューヨークの住宅街でキティ・ジェノバーズが刺殺された事件である「キティ・ジェノバーズ事件」は奇妙であった。

キティが刺殺される間には十分に救出する時間や方法があった。

また、キティが刺殺されるまでの間に、安全なアパートメントから一部始終を見ていた目撃者は38人以上にも上る。

それにもかかわらず、無残にもキティは刺殺されてしまった。

一部始終を目撃していた38人以上の目撃者の内、誰一人として助けに行くことがなかったどころか、警察にすら通報したものはいなかった。

これは「都会の冷たさ」とか「冷えた人間関係」などと報道され、社会に大きな波紋を投げかけた事件です。

 

この事件を受けて、ダーリーとラタネは独自の実験を行い、冒頭の「傍観者効果」を明らかにしたのです。

冒頭の定義をもっと簡単に言えば「傍観者効果」とは、援助介入が必要な場面で、その場に居合わせたものが多ければ多いほど、援助介入行動が抑制される、すなわち、誰も助けに入らない、という理論です。

 

その理由としては、以下の三点が挙げられます。

 

①多元的無知

これは、援助介入が必要な場面で、その現場にたくさんの人がいるにも関わらず、誰も助けに入らない様子を見ると、「助けるほどのことではないのだろう」と、援助介入の必要性を過小評価し、その者も助けに入らない。そしてその論理が延々と続く、というものです。

他の人が助けないのだから、そんなに大したことではないのだろう、という推論が働くのです。そしそれが延々と続くのです。

 

②評価懸念

これは、援助介入をしたものの、もし失敗したら、周りにいる人たちからどう思われるだろうかと恐れるあまり、結局、助けに入れない、というものです。

援助介入が失敗した場合、周りの人たちに対して恥の意識や決まりの悪さを気にしてしまい、援助行動に出られないのです。

 

③責任の分散

多くの人が存在している状況なので、なにも自分が助けなくても誰にも叱責される可能性もないと思い、その結果、援助行動に対する責任感が減弱してしまい、結局、助けに入らない、ということです。

周りにいる人の人数が多ければ多いほど、自分の責任の範囲は小さくなると感じられます。

そうなると、自発的・積極的な援助介入に対する動機づけが生じず、結局、何もしないままで事態を傍観してしまう、ということになります。

 

 

これはかなり衝撃の事件および実験結果なのですが、人間の本質をついている面があり、心理学を学んでいる者のみならず、皆が知っておくべきことであるように思われます。

先述しましたように、この事件では当初、「都会の冷たさ」や「冷えた人間関係」に、その原因を帰属させるような論調であったのですが、それは全くの誤りであり、もっと根源的な、人間(集団)の本質的部分を表す理論により起こった事件なのでした。

 

傍観者効果は、心理学のジャンルで言うと「社会心理学」の範疇の話です。

社会心理学は基本的に、集団における個人間の関係性を明らかにしていこうとする分野です。

そして「集団」とは、3人以上の人間が集まっている状態を指します。

実際、3人も人間が集まれば、そこには力学や政治が発生します。

 

オイラはメンバー4人でバンドをやっていたのですが、異なる人間が4人集まれば、本当にもう動かしていくのが難しくてたまらなくなります。

1曲やるのにも、4人それぞれの意見や考え方があり、その結果、誰かの意見が通る一方で、他の誰かがどこかで妥協しなくてはならなくなります。

集団力学や政治の世界と全く一緒です。

それがこの「キティ・ジェノバーズ事件」のような殺人事件にまで理論が敷衍されるのですから、集団の力や人間の本能は、本当に残酷なのものです。

しかし、この理論を知っていれば、それを逆手にとって、適切有効な援助介入ができることにも繋がると思いますので、しっかり意識していてほしいと考えています。

 

 

それでは、今回はこの辺で。

また心理学の様々なお話をさせてください。

 

 

今日もしっかり講義を消化しますよー!

眠い目を擦りながらも勝負勝負!!!

 

 

 

では!