デッドロック心理学。

心理学、臨床心理学についてのモゾモゾした雰囲気。

「偽善」と「行動」

心理学は、客観的に観察可能な「行動」を科学的に分析する学問。
目に見えない「心」は直接観察できないので、分析もできない。
このように、心理学は「行動の科学」です。


「偽善者」という言葉、ありますよね。
「人助けや社会貢献活動なんかをバリバリにしまくってるけど、内心では我利我利の利己主義者だった」
みたいな。
「綺麗ごとばっかり言ってるけど、内心は人のことなど糞くらえ!と思っているような人」
とか。

この点、もしその人が、内心では我利我利の利己主義者だったり、人のことなど糞くらえと思っているような人だとしても、客観的に観察可能な行動を観察してみたら、いつでもどこでも人助けをしたり、どんな時でも綺麗ごとを言っているようなら、その人は完全に「よい人」だと思うんだよね。
内心がどんなにドロドロだったとしても、行動がどんな時でも愛他精神に溢れているようなら、その人は「偽善者」ではないと思うのです。
少なくとも、心理学ではそう考えます。

どこかで矛盾するような行動や発言があればまた別ですが、内心で何を思っていようが、客観的に観察可能な行動や言動が、いつでも「良いこと」をしていたり言っていたりするような場合は、少なくとも、「偽善者」とは呼ばないです。単なる「よい人」です。


ネットでは「綺麗ごと」ばっかり言っている人もいますが、その人が一貫して「綺麗ごと」を言い続けているようなら、その人の言動は、少なくとも「偽善」だとは言えないと思うのです。
先述したように、それに矛盾するような「言動」が見られる場合は別に考える必要がありますが。


結局、なんで嫌われちゃうかというと、謙虚さがないからだと思うんだよね。
「偽善者」だから嫌われる、というようり、謙虚さがないから嫌われるという感じでしょうか。
意識的にそうなら論外ですが、無意識的にそのように読めるような書き方をしちゃっても、やっぱり謙虚さがないとして嫌われるでしょう。


あとは、「どれぐらいほんまの自分を知ってるのか」という所にかかる問題。
前の記事に書いた、「マズローの欲求階層説」の話でもそうなんだけど、自分自身の「レベル」がどれぐらいかということを、しっかり弁えておかないと、えらい失態を晒すことになると思うんだよね。
本人が失態を晒すだけならまだしも、他人に迷惑かけるからね。


ということで、いい感じに行きましょう!生きましょう!




ほらほらねえねえ空気の真似して僕がいる
天井裏には何にもないけど気分さ
ここでだったら素直なあなたがよく見える
傷つけあったりしたのが嘘みたいだ



天井裏から愛を込めて