デッドロック心理学。

心理学、臨床心理学についてのモゾモゾした雰囲気。

境界性パーソナリティ障害についてのあれこれ。

パーソナリティ障害におけるB群(境界性パーソナリティ障害・自己愛性パーソナリティ障害・演技性パーソナリティ障害・反社会性パーソナリティ障害)に共通する特徴のひとつとして、「他者を巻き込む」ということが挙げられます。

 

しかし思うに、そのような障害であるということを診断ないしは査定されることにより、「その障害の特徴に自ら合わせていってしまう」ということもあるように見受けられます。

 

本当の症状なのか、上記のような状態なのかの見極めは容易ではないので、しっかりとクライエントの言動を観察する必要があります。

拙速な判断は避けるべきです。

 

所謂「かまってちゃん」に見えるような言動を、SNSなどで繰り返している人も多々見受けられます。

自分の「病気」や「障害」に「酔ってしまう」ような人もいるようです。

特に、「境界性パーソナリティ障害」であると公言している人に多いように思います。

 

勿論、その人の想いや言動には最大限配慮をしなくてはなりません。

しかし、それに巻き込まれてしまっては、どうしようもありません。

ですので、「ほどよい」一定の距離をとることが必要になってきます。

 

境界性パーソナリティ障害の人は、上述のように他人を巻き込むということがあります。

そしてその他の特徴としては、「理想化と脱価値化(こきおろし)」というものがあります。

 

ある人の評価について、

「最高だ!この人は最高の理解者だ!私はこの人が大好きだ!」

と言っていたかと思うと、何かの拍子に、自分にとって嫌なことがあると、

「最低だ!この人は最低の糞野郎だ!私はこの人なんか大嫌いだ!」

に、変わってしまうのです。

ほんの些細な事で、です。

しかも、一瞬で、です。

 

これに正面から付き合っていては、正直、身が持ちません。

ですので、境界性パーソナリティ障害の人と接するにあたっては、そういったことも念頭に置いて、ほどよい適切な距離をとって関わることが必要になります。

 

更には、「自殺」をほのめかす人もいます。

そういった場合は、まずは話を傾聴することが大切です。

否定もせず、肯定もせず、ただただ傾聴します。

話をしっかりと傾聴してもらえることで、気分も相当落ち着いていきます。

 

ここでまた気を付けなければならないことは、「依存」されないように、また「依存」させないようにすることです。

 

万が一、相手が本当に自殺してしまっても、話を傾聴していた人が「責任」を引き受ける必要はありません。

責任を感じることもありませんし、もっと言ってしまえば「気に病む」必要もありません。

「自殺」を選択した「責任」は、他でもないその人個人にのみ帰属します。

冷たいようですが、そう考えるべきです。

 

先述した、所謂「かまってちゃん」の場合には、更にこのことが当てはまります。

「障害」か「かまってちゃん」かの判断は相当に難しいので軽々には言えないことかもしれませんが、それでも「かまってちゃん」だと判断されるようならば、いっそのこと縁を切ってしまっていいと思います。

境界性パーソナリティ障害の人に対してでも、基本的には同様で構わないかと思います。

 

担当の医師や臨床心理士でないならば、そっと離れても構わないと思います。

自己を防衛することを最優先にしてください。

医師や臨床心理士でも「燃え尽き症候群」になってしまうこともありますので、そのような担当者や専門家でない場合は、そっと離れるのが正解だと思います。

 

 

 

それでは今回はこの辺で。

このテーマはまた違った観点から書いてみたいと思っています。

 

 

それでは皆様、よい一日を!