デッドロック心理学。

心理学、臨床心理学についてのモゾモゾした雰囲気。

空っぽの人。

先日書きました、何もしないくせに「プロの詩人志望」の人。
大言壮語だけで実際はナノ単位も動いてない人。

詩のことなら何をしてても特段どうでもいいんだけど、なんか突然、自称「自殺抑止アート団体」なるものを、これも本人曰く「見切り発車」で「立ち上げた」らしい。

やっていることはというと、ツイッターで全く無意味なつぶやきを流しているのみ。
本人曰く、活動の趣旨は「アートによるショックで自殺志願者を思い留まらせる」ということらしい。

メンバーはほんの数名なんだけど、その人たちが絵をかいたり詩を書いたりして、それをツイッターで流しているだけ。

活動ポリシーも活動内容の詳細も、実際に自殺志願者がコンタクトをとってきた際の具体的な対応も、どんな理論に基づいた活動なのかも、一切「秘密」らしい。

その人が「詳細はダイレクトメールで」と書いていたので、教えられるような内容があるのかと思ったのだが、実際電話で話してみても、全くもって皆無。
突っ込んでみたら「詳しいことは言えない」とか言い出す始末で、何のポリシーも理論もないことが分かった。
これをして「見切り発車」と言っているんだろう。

心理学理論や精神医学に通じた者など誰一人いないような状態。

結局、そのツイッターは、数名のメンバーが自分の描いた絵や詩を「発表」するだけの場になっている。

そんなふざけた者たちのところに、本当の自殺志願者がアクセスしないことを切に祈る。

その人は、「自殺志願者の人生を背負う」ことを目標にしているらしいんだけど、よくそんな馬鹿げたことが言えたもんだと思う。
あらゆる意味で馬鹿。
あらゆる角度でもはや「犯罪的」ですらあると思う。

そもそも「見切り発車」していいことと、それだけは絶対に駄目だという事柄がある。
このような行動は、確実に後者だ。

この人は、全ての言動が「自分自分」なんだよね。
自分の自己主張だけに生きている。
今までに何をしたことも何を成したこともないので、その「自己主張」は年々酷くなっていく。
何においてもポーズだけ、口だけ、威勢だけ。
その「団体」の「立ち上げ」も、結局は自分の存在価値を認めさせたいだけのことなんだよね。

空っぽの中身であるだけならまだしも、今回のこの行動は、再言するが、「犯罪的」ですらある。
自殺志願者との対話、本人曰く「自殺抑止」を目的にするなら、しっかりと勉強して、経験を積んで、よくよく考えてから行動に移すべきだ。

その人が言っていることは、本当にめちゃくちゃだし、中身がないし、当然のことながらエビデンスなど皆無な話ばかりだし、何より、軽い。
自分を「ひとかどの人物」と思いたい、思われたい。
それのみで生きている。

それが詩作の話なら、まあ「浅いな」だけで済む話だが、今回、ことは「自殺志願者」の「人生」に絡んでいく話だ。
しかも「自殺志願者の人生を背負う」ことを目的とするなどと言っている。

「犯罪」だよ、実際。

どうにかして自分の存在価値を見出したい認めさせたいという気持ちは分かるが、そんな表層的なことばかり塗り重ねるだけでは、一生空っぽのままだよ。
その空っぽさは、誰が見ても見抜いてしまうよ。

実際、何かに本気で一生懸命に取り組んで、しっかり追求して勉強していると、やればやるほど「自分は何もわかってない」ということに気付くはず。
勉強すればするほど「無知な自分」が見えてきて、一層謙虚に追求を重ねていくことになるはずなんだよね。

お金をもらおうがもらうまいが、詩を書いて、それを必死で追求していけばいくほど、自分を「詩人」などと名乗ることが烏滸がましくなる。
勉強すればするほど、追求すればするほど、自分を「詩人」だなんて名乗れなくなる。

そのナノ単位も何もしていない人のプロフィールには、臆面もなく「詩人」と記載している。
その他、色々な、中身のない「肩書」も記載されている。

本人は「肩書になんか興味ない」と言っているのだけど、これほど分かりやすく肩書が好きな人も珍しい。
中身がないからなんだよ、この現象は。

肩書が好きで、権威が好きで、ひとかどの人物と思われたい欲求が異常に強い人。
そのくせ、何にもしない人。

虚しさや焦りを払拭するための本当の道を、この人はもはや一生理解できないだろうね。