デッドロック心理学。

心理学、臨床心理学についてのモゾモゾした雰囲気。

「肩書」が大好きな人。

前に何回か書いた人。

その人はとても「肩書」が大好き。
ナノ単位も動いてないのに「プロの詩人」になりたがってる(というか、本人の中では、もう「プロ」になっちゃってる。「プロ」ってなんだろ?)人なんだけど、その人は「肩書」が大好き。

でも本人は、「肩書なんて意味ない」というスタンスをとっているのだよね。
「肩書なんかに囚われない私」を主張するんだけど、ツイッターのプロフィール欄には「肩書」だらけだった。
しかもどれも本当に中身がない感じのもの。

インスタグラムに載せてた写真のハッシュタグに、
「#実は無名の詩人」
「#ここだけの話だぞ」
とか書いてた。

でも、誰もそれについて触れなかったので、遂に自分でプロフィール欄に「詩人」とか書き出しちゃったよ。
それでも誰も触れないので、最近はツイッターに自作の詩を載せだしたんだよね。

前にも書いたかもだけど、その人に、「私の作品を見て、プロになれるか意見を聴かせて」と訊かれたので、色々な事情を鑑みたうえで「今のままだと無理だと思う」と答えたんだよね。
そしたら、「はぁ?!私は10年書いてるんですけど?!」と怒鳴られた。
「なら訊くなよ」と思いました。

その人が言う所の「プロの詩人」という意味が分からなくなったので、詳しく尋ねてみたんだけど、訳の分からないことばかり言ってきた。
なので、馬鹿にしているような気もして申し訳ない感じではあったのだけど、「あなたの言う『プロ』とは、自分が書いた詩作品の提出を出版社等に要望されて、その対価として金銭を得られる状態のことを言うのですか?」と訊いたみた。

そしたら、「詩は作品だけではなくタイトルが重要なんだよ!」とか言ってきた。
話が全く噛み合わず、意味も全く不明でした。
その後も言い方を変えて何度も「プロの詩人」の意味を尋ねたのだけど、全く話になりませんでした。

最終的には「詩でやっていきたい」という言葉を、かろうじて引き出せたんだけど、その内容も実は今も意味不明です。

まあ、多分、職業としてやっていきたいということなんだろうなと思ったんだけど、それならば今のままじゃプロになんて絶対になれないと思うよ。

「10年書いてきた」と言っても、ブログに投稿してるだけで、新人賞に応募することもせず、出版社に持ち込むこともせず、サークルに加入することもせず、詩の本を読むこともせず、本当に何もしてないんだよね。

サイトに投稿しても、誰からのリアクションもない状態なので、本人としてはイライラしてたんだろう。
遂に、「肩書」を「詩人」と書いちゃった。

まあ、詩を書いて表現する人を「詩人」と呼ぶから、それはそれでいいんだけど、この人の場合は、この「詩人」という「肩書」の中に、尋常じゃない承認欲求が渦巻いているんだよね。

「私は普通の人と違うの!アーティストなの!深い内実を持ったひとかどの人物なの!」という承認欲求のどす黒い塊が見えまくってるんだよね。

その人はその他にも「画家モデル」という「肩書」なんかも書いてるんだけど、やっていることといえば、ツイッターの知り合いに自分から頼んで、自分の顔の絵を描いてもらうことぐらいなんだよね。

そして最新の「肩書」は「自殺抑止アート団体代表」ってやつ。
これも現実は何もしてなくて、本人曰く「見切り発車で始めた」とのこと。
(この行為の危険性は以前の記事で指摘しました)

結局、どれもこれも全然何もやってないんだよね。
だから、「本人曰く」の「肩書」だけがネットの宇宙に虚しく浮かんでいるだけ。

再言するけど、その人は本人曰く「肩書なんか嫌い」というスタンスを明言してるんです。

でも、記事を見ると、「元モデル」とか「元ベーシスト」とか「元ボーカリスト」とか「元ナンバーワンキャバ嬢」とか、ズンズン書きまくる。
見るからに「肩書」が大好きなのが分かるんだよね。
誰も訊いてないのに(訊いてないから?)、どんどん自分で語ってくるんだよね。
本当か嘘か分からないようなものばっかりなので、誰もそれに触れないんだけど、それがお気に召さないようです。

承認欲求を下敷きにして「私は詩人」なんて書いちゃうから反発を喰らうのであって、「趣味で詩を書いています。できればプロになりたいと思っています」的な書き方だったら、誰も反発しないと思うんだよね。

何もしてないし何の実績も残してないのに、「私は詩人」「私はアーティスト」とか大上段で構えちゃうから、皆から反発を喰っちゃうんだと思うんだよね。

その人の好きな言葉は「I AM I」。
これもラフィンノーズというバンドの曲名で、借り物の言葉。
その人は「私は私だから」とか「これが私らしいから」とか、すぐ言うんだけど、傍から見れば全然「I AM I」でも何でもないんだよね。

思うに、「本来他人から言ってもらうべきこと」を、自分で言っちゃうからよくないのだと思う。
「個性的だね」というのは他人から言ってもらうべき言葉なのにもかかわらず、「私は個性的」とか自称しちゃうからあかんのだと思う。
「それは〇〇ちゃんらしいよね」と、他者から言ってもらうべきことを、「これが私らしいから。私は私だから」とか自分で言っちゃうから変なことになると思うんだよね。

放っておいたら誰にも言ってもらえないことなので、我慢ができずに自分から言っちゃってるんだと思うんだけど、それはほんまに損なことだと思う。
そしてその自称に、まるで中身がないから、馬鹿にされちゃうんだと思うんだよね。
見抜かれるよ、そんなの、すぐに。

他人を巻き込まなければまあ何でもいいんだけど。
でも、この人は「自殺志願者」を相手にしようとしているから、本当に危険。
この人にとっては「自殺志願者」をも自分の「ひとかどの人物」性を承認させるための「ツール」として使っているので、ことは重大かつ深刻かつ危険極まりない事態だ。

しばらく様子を見ているけど、ほんまにヤバくなったら怒鳴りつけてでもやめさせようと思っております。


・・・と、なんやかんや書いてきましたが、ほんまもんの楽しい時間を過ごそうや、と思います。


おわり