デッドロック心理学。

心理学、臨床心理学についてのモゾモゾした雰囲気。

池袋母子死亡事故に関するなんやらかんやら。

どこかで、以下の様なツイートを見た。

「池袋母子死亡事故、7ヶ月経ってやっと書類送検
上級国民でもありえない。
2人の命を奪った罪は絶対に償わさなければならない。
しかも、操作ミスを認めず車やパーキンソン病のせいにして逃げ切ろうとしている。
現在も、留置所にも入らず自宅で悠々自適生活を続けている」

これについては色々と言われているが、なんか怖いなぁ、と思うことも結構あったり。

「二人の命を奪ったのに、なぜ逮捕されないのか?!」
という声が大多数みたいだけど、どうなんだろう。


そもそも、「逮捕による身柄拘束」ということ自体、実は「例外」であるということ。
原則、身柄は不拘束。
これは憲法における人権保障の観点から要請される大原則。
では、法的にはどうか?

刑事訴訟規則143条の3には、
「逮捕状の請求を受けた裁判官は、逮捕の理由があると認める場合においても、被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない。」
とあります。

この点、逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれは、被疑者に関する様々な事情から総合的に判断されることになります。
例えば、「年齢・社会的立場・犯罪の内容」などから総合的に判断されます。

個別具体的事例をこのような要件に当てはめて、「逮捕できるかどうか?」ということを検討します。

間違ってはいけない点は「逮捕しないでよいか」という事を検討するのではなく、あくまでも「逮捕できるかどうか」ということを検討するのです。
あくまでも原則「逮捕しない」例外「逮捕する」だからです。

メディアなどを見ていると、あたかもこの原則例外が、真逆になっているように報道されています。
これは、一方では現場での運用の問題が大きいです。
実際現場では、原則「逮捕」例外「不逮捕」という運用を行っている節はあります。

しかしこれは、憲法及び刑事訴訟法の理念・規定からみて「誤り」です。

ということは、本件では、この「誤り」が正され、憲法刑事訴訟法の理念・規定通りに原則例外が運用された、ということになります。
要は、今まで現場では、何でもかんでも逮捕しちゃってた・・・ということです。

そしてそれを後押しするかのようなマスコミの報道。
「マスコミを信じるな!」とか「マスゴミは嘘ばかり垂れ流す!」という人も多いです。
そしてそれは正しい。
何故なら、上記のように、憲法刑事訴訟法上の原則を例外とし、その例外を原則とするかのような報道を「垂れ流し」ていたからです。

しかし、「マスコミを信じるな!」「マスゴミは嘘ばかり垂れ流す!」と言っている人の方が、えてして今回の件では「なぜ逮捕しないんだ?!」とか「留置所に入れて罪を償わせろ!」などと声高に主張されているようです。

めちゃくちゃ怖いですね。

「マスコミを信じるな!」「マスゴミは嘘ばかり垂れ流す!」と言っているにもかかわらず、憲法刑事訴訟法の理念・規定に関する「誤った」マスコミ報道に関しては、何の疑いもなく信じてしまっているようなのです。

「マスコミを信じるな!」「マスゴミは嘘ばかり垂れ流す!」などと主張されている人ならば、「なぜ逮捕しないんだ?!」というのではなく、「なぜ何でもかんでも逮捕しているんだ?!」と主張するのが筋だと考えます。

自分に都合のいい事と悪い事の間で、二重の基準ができてしまっているようです。

また、留置所に入っていないことを責め立てている人も多いようです。
先のツイートでも「現在も、留置所にも入らず自宅で悠々自適生活を続けている」と言っています。

この点、そもそも留置所は刑罰を科す目的の場ではありません。
それは刑務所です。
まだバリバリの一般市民である被疑者が入る留置所では、人権保障を貫徹すべく、様々な対応がなされています。
やむを得ず逮捕による身柄拘束を受けている被疑者に対して、いかに「一般市民に近付けるか」という点での個別的取り扱いが工夫されています。

再言しますが、留置所は(拘置所も)、刑罰を目的とする場ではありません。

「あいつはめちゃくちゃなことをした!だから逮捕しろ!身柄拘束して留置所に入れろ!」という「市民の声」で現場が動いたら、それこそ「狂った国」でしょう。
人民裁判まっしぐらです。

この事件の被疑者はダメな奴です。嫌な奴です。なめた奴です。いかれた奴です。
しかし、そのような行為者の属性を根拠に「逮捕しろ!」「身柄拘束しろ!」「罪を償わせろ!」というのは、法治国家のあるべき姿ではありません。

問われるのはあくまで法的責任です。
そこを理解せずに「この国は狂ってる!」などと言ってみても、それはただの「無知」であり、それのみならず、それこそが相当な「危険思想」だと思われます。

刑法は、現実になされた「行為」に対する非難です。
内心に対するものではありません。

ハンムラビ法典はご存知だと思います。
「目には目を」「歯には歯を」というやつです。
実はこれはどこにポイントがあるかと言えば、「目を潰された場合は目だけを奪う。それ以外のことをしては絶対にダメだ」というところなのです。
つまり、極めて人権保障的趣旨なのです。
ハンムラビ法典でさえこのような事を理念や規定にしているのです。

この事件の被疑者は、裁判で確定した罪を償わなければなりません。
しかし、それは「自分の行った行為に対応した法的責任」についてだけです。
しかも先程書きましたように「裁判で確定した」罪刑についてだけの責任を、です。

「こいつは酷い!保身にばかり走ってやがる!」ということは、裁判においてはマイナスの情状にはなるかもしれませんが、それ自体を犯罪とすることはできません。
それを込みで「裁け!」というのなら、それはまさに人民裁判であり、無法国家でしかありません。


現状からすると、かなりアクロバティックな筋道だったかもしれませんが、原則例外の意味、もっと言えば、憲法における人権保障の意味を理解して頂けたら幸いです。

憲法を守れ!」と言っていながら、「逮捕してしまえ!」と叫んでいるようでは、見事なまでの「自己矛盾」でしかないですよ。